第二波フェミニズム運動からわかる、セクシズム

海外文化

国際結婚で、毎年NYへの帰省を余儀なくされた27歳会社員。妻子への責任と、働きたくない気持ちの狭間で揺れ動くセルフィッシュジャパニーズ、妻はポーランド人。

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納得いくまでとことん、うめしです。

夫婦喧嘩から発生した「セクシズムとは?」という連載も今回が山場!

知っているようで知らなかったセクシズムという概念がどこから来たのか、
私が思い込んでいた「男性らしさ女性らしさの押し付け」というセクシズムの概念はどこから生まれたものだったのか、
今回の記事で紐解いていきましょう。

以前の記事を読んでいない方は、こちらからどうぞ。

セクシズムってなに?
セクシズムとは性差別を指します。では、性差別とはなんでしょう?セクシストとはどういう人でしょうか?日本における性差別問題への認知と意識は、確かに西洋文化から遅れをとっています。その理由はセクシズムが生まれた歴史にあります。あなたは外国人と性差別問題について語れますか?
第一波フェミニズム運動について学んでみた
セクシズムってどこからきたの?フェミニズム運動ってなに?そんな疑問を解くために、フェミニズム運動の歴史を掘り下げてみました。第一波フェミニズム運動とは何を意味していたのか。誰がいつどこで行った運動なのか。地域別に動きをみてみましょう。

 
 

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第二波フェミニズム運動

第一波フェミニズム運動おさらい

第一波フェミニズム運動は、近代化の中で階級社会が崩れはじめ、「市民」が誕生した時に起きた運動でした。
この「市民」という言葉が曲者で、ここに含まれていたのは一定の税金を納めている健康的な男性のみ
女性には理性がないとされ、人種差別や階級差別が問題視される流れの中でも、それは変わりませんでした。

そんな時代の女性たちが、女性の権利を求めて立ち上がったのが第一波フェミニズム運動です。
 
 

第一波と第二波の違い

第一波が近代化という大きな変動の中で起こった運動であるのに対し、第二波はある程度社会が形成されてから起きた運動です。
20世紀にはいり、当時アメリカでは、「結婚して子供がいる郊外住宅地の専業主婦」が女性の憧れで理想の姿だと考えられていました。
ここには、アメリカ政府のプロパガンダ、いわゆる世論の誘導があったとされています。
戦時中若い男性が不在の間に工場で勤めていた女性を、うまいこと家庭にいれてしまいたかったんですね。

実は、日本でも同様の現象が起きていました。
戦時中は女性も皆労働に就いていましたが、戦後はアメリカのような専業主婦であることが幸せだと考えるようになったのです。
私の周りにもこういった価値観をもつ女性は少なくないです。
プロパガンダうんぬんは置いておいても、この価値観が未だに根付いているのはすごいですね。

そんな状況の中で、第二波フェミニズム運動がはじまります。

第一波は女性の権利を求めた運動でした。
第二波は男女の平等や性による差別のない社会を求めた運動です。

この運動こそが、男性らしさや女性らしさ=ジェンダーの原点となった運動だとされています。

私が探し求めていたセクシズムの概念の誕生でもありました。

 
 

ウーマンリブとは

ウーマン・リブ(英語: Women’s Liberation)とは、1960年代後半にアメリカ合衆国で起こり、その後世界的に広がった女性解放運動のことをいう。

フェミニズム及びジェンダーの原点ともいわれ、19世紀後半から20世紀前半にかけて起こった女性の参政権運動を第一波フェミニズム、ウーマン・リブを第二波フェミニズムと呼ぶこともある。

「ウーマン・リブ」(2018年7月28日 (土) 22:02 UTC版)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ウィキペディア先生はなんでも知っていますね、素敵!

ウーマン・リブとは、アメリカから始まった女性解放運動のことで、第二波フェミニズムの別称です。
また、フェミニズムやジェンダーの原点と呼ばれる運動でもあります。
 
 
このウーマン・リブの火付け役となったのがベティー・フリーダンの著した『女らしさの神話』という本でした。邦題では『新しい女性の創造』となっているので、こちらなら耳にしたことがある方もいるかもしれません。

この本が衝撃的で大きな影響を与えたと言われる大きな理由の一つは、郊外に一軒家を持ち家族と幸せに暮らす裕福な主婦の悩みを描いたことにあります。

彼女たちの感じる飢えや不安感は、食物や金銭が癒せるものではありませんでした。
 
 
部屋を掃除し、食事を作り、洗濯をして、子供の面倒を見る。
そして、同じような毎日を繰り返していつも通りベッドで横になると、何とも言えない飢えや不安感を感じるのです。
そして、それに向き合うことを恐れていたのが当時の女性達でした。

郊外の一軒家に住むキラキラしたアメリカ人主婦は、世界の女性の憧れです。
幸せのロールモデルとなった今、なぜ満たされないと感じるのか。
皆が羨む幸せを壊してまで、何が欲しいのか。
 
 
そんな、彼女達にしっかりとその飢えや不安感と向き合わせたのが、ベティー・フリーダンでした。
 
 
物質的に満たされても、心が満たされないって、苦しいですよね。
そこには、表現できないような苦しみがあります。

「男性らしさ」「女性らしさ」
「男性は強い」「女性はか弱い」
「男性は仕事」「女性は家事」
「男性は論理的」「女性は感情的」

こんな価値観の押し付けで作り上げられた、社会や文化における性の役割分担が彼女達を郊外の綺麗な箱に閉じ込めていたのです。

それが、当時の女性達が抱えていた悩みでした。

 
 

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第二波フェミニズム運動がもたらした結果

本当の男女平等への第一歩

今回の運動の発端でもあったアメリカでは、性別のみではなく、肌の色による差別、区別の壁をなくすべきだという考えが広まった。
性差別だけにフォーカスしなかったことも大きなポイントです。
差別や区別される側に立った戦いだったと言えるでしょう。

そして、この運動を通して女性自身の意識が変わった事が、最も大きな変革でした。
当時、世界の憧れの的であった「郊外に住む裕福な専業主婦」という立場に疑問を抱き、その価値観を打ち壊すことは簡単なことではありませんでした。

この問題を世界に提起したベティー・フリーダンの著書はまさに偉業だったと言えます。
1979年には国連総会において女子差別撤廃条約が採択されました。
 
 

日本における第二波フェミニズム運動=ウーマン・リブ

日本においても第一回ウーマンリブ大会が開かれるなど、男女平等に向かって変化がありましたが、その動きは欧米諸国とは少々違ったものとなりました。
日本では未婚女性、特に若い女学生が中心となりこの運動がすすみました。
専業主婦が立ち上がるという状況に至らなかったのです。

ここからは私の見解でしかありませんが、現代に至るまで専業主婦という概念が根強い日本文化を鑑みると、女性自身の意識変化が他国と比較して薄かったと言えるのではないでしょうか。
それは、長きにわたる日本文化、又はアジアの文化によるものかもしれません。
日本社会や男性からの抑圧が原因だったかもしれません。
どちらにしても、多くの日本人女性にとって専業主婦が憧れであることに大きな変化が起きなかったのです。

第二波フェミニズム運動(=ウーマン・リブ)は日本人女性の専業主婦に対する価値観を壊すには至らなかった、と私は考えます。

環境や文化、男性や女性、原因が一つでは決してないと思います。
ですが、必ずしも日本人男性が専業主婦という価値観を信じているとは思わないで頂きたいです。

私自身この価値観に異を唱えますし、だからこそ日本人の元カノと結婚に至らなかったわけでもあります。

妻の言っていた、「日本の男女差別問題は欧米に30年遅れをとっている。」というのはやはり間違ってはいません。
ですが、やはり歴史的背景や文化的背景が違うことは理解していただきたいと思いました。

というか、すぐに説明しておきました。悔しいので。
 
 

セクシズムの誕生まとめ

全三回に渡って連載したこの記事も今回が最後です。
過去二回で学んだことをまとめてみましょう。

  • フェミニズムありきでセクシズムが生まれた
  • フェミニズム運動は大きく3つにわけることができる
  • 第一波フェミニズム運動は女性の権利(参政権や財産権など)を勝ち取るための運動であった
  • 第二波フェミニズム運動=ウーマンリブは社会的文化的な性差別をなくすための運動であった

私が感じていた「セクシズム=男性らしさ女性らしさの押し付け」という概念。
それは、第二波フェミニズム運動で表面化した問題でした。

そこに至るまでの経緯を考えると、小学館のデジタル大辞泉にのっているセクシズムの意味が「性差別、特に女性差別」という表現も理解ができます。

セクシズム【sexism】の意味
性差別。特に、女性差別。

出典:デジタル大辞泉(小学館)

この表現は決して男性差別的ではなく、歴史的観点から書かれたものではないでしょうか。
個人的には本当の男女平等のためにもこういう書き方はやめてほしいですが…
 
 
「男らしさ」という考え方。

「女らしさ」という考え方。
 
 
それらは誰かが作ってきた価値観を、ただただ鵜呑みにしているだけだと気づけたら、みんなが気づけたら何か変わるのではないでしょうか。
 
 
 
 
ポーランド人でありアメリカ人である妻との口喧嘩から始まったこの連載です。
はじめは「なにくそ。」ぐらいの気持ちで学んでいましたが、自身が思っていたよりも多くの学びがありました。

こういうきっかけをもらえることが、国際結婚の素晴らしいところかもしれませんね。
 
 
お付き合いいただきありがとうございました。

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