第一波フェミニズム運動について学んでみた

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国際結婚で、毎年NYへの帰省を余儀なくされた27歳会社員。妻子への責任と、働きたくない気持ちの狭間で揺れ動くセルフィッシュジャパニーズ、妻はポーランド人。

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夫婦喧嘩は負けるが勝ちよ、うめしです。

以前、何故かセクシズムについて話し合いになり、アメリカンなポーランド人妻に敗北を喫しました。
毎度ながら、くやじぃ。

まぁ何はともあれ、セクシズムに無頓着だった私が学び始めるいい機会になりました。

フェミニズム運動は大きく分けて、第一波、第二波、そして現代の第三波があります。
今回は、第一波フェミニズム運動について時期と場所に分けてわかりやすくまとめてみました。

前記事を読んでない方はこちらからどうぞ。

セクシズムってなに?
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第一波フェミニズム運動

第一波と呼ばれるフェミニズム運動は大きく3つに分けてご紹介します。

  • フランス革命
  • アメリカの黒人差別撤廃運動
  • 日本の大正デモクラシー

リサーチが本当に大変でした。
社会科の授業ちゃんと受けてればよかったと後悔しています。
 
 

フランス革命

フランス革命すらよくわかっていなかったうめしですが、ちゃんと学びました。

要は、特権階級とかズルいからやめようよ革命!です。

当時、特権階級と平民の割合は2対98くらいだったそうな。
それでも財政難だから、増税、増税、増税を繰り返し、市民の皆さんが爆発したのがこの革命。

一部の貴族や聖職者が豪遊するためにみんなが苦しんでいたんですね。

そりゃ怒りますわ。

え、フェミニズム関係なくね?と思われた方、そんなことないんです!

なんと、女性は市民じゃなかったんです。
 
 
1789年7月14日にフランス革命が勃発し、同年8月26日には『人権宣言』が成立しました。
人は、自由、かつ権利において平等なものとして生まれ、生存する」と定められたのです。

で、このにあたるのは、「25歳以上の一定の租税要件を満たす成年男子」に限定されました。

これに怒ったのがフランスの女性達。
フランス革命に積極的に参加し、活躍をしていたフランスの女性達でしたが、男女対等の人権獲得とはならなかったんですね。

(男の)人権宣言』に対抗してフランスの女性はこんなものを作りました。

1790年コンドルセによる『女性の市民権の承認について
女性に参政権と市民権を認めるよう主張したものでした。

1791年オランプ・ド・グージュによる『女権宣言
名前からして(男の)人権宣言に対抗していますね。
内容も構成もほとんど人権宣言と同じで、「人」という記載を「男性と女性」に変えたり、「市民」を「男性市民と女性市民」に変更しました。
こちらも、男性と女性に同様の権利を求めるもので、(男の)人権宣言を批判したものでもありました。

アメリカの黒人差別撤廃運動

アメリカのケースも同様です。
近代化にあたり、黒人の権利を拡張しよう認めようという動きがあったにも関わらず、女性は市民として認められませんでした。

1820年代に奴隷制廃止運動が活発化し、この運動には多くの女性も参加しています。
1840年にはロンドンで開催された奴隷制反対世界会議にも多くの女性が参加しますが、女性だからという理由で入場を拒否され傍聴席においやられてしまいます。

ここで、女性たちは自身の社会的地位の低さを痛感するんですね。

そして、多くの女性の努力のもと、1848年ニューヨークにて女性解放会議が開催されます。
現在、女性が男性と対等に政治について発言できるのも、彼女たちの戦いがあったからこそなのです。

時期的にはフランスから少し遅れてのスタートとなりました。
近代化に合わせて世界の考え方が少しずつ変わっていったんですね。
 
 

日本の大正デモクラシー

フランス革命とフェミニズム運動
黒人差別撤廃運動とフェミニズム運動
どちらも近代化する社会の中で起きました。

日本でいう近代化といえば、大正デモクラシー。らしい。

大正デモクラシーも例外ではなくフェミニズム運動が起きました。

私でも一度は聞いたことがある、平塚らいてうさんや与謝野晶子さんが代表的な人物です。

大正デモクラシー以前の日本では、明治政府成立後の政府が女性の権利を推進したり反発したりを繰り返しています。

そんな中、1911年に女性による女性のための文芸誌『青鞜』を創刊したのが平塚らいてうさん。
すでに作家、歌人として活動していた与謝野晶子さんも『青鞜』の創刊号に参加、その後も婦人参政権を唱えるなどの活動を行っています。
また、彼女は1901年に『みだれ髪』という歌で女性の自我や性愛を表現したり、反戦的嫌戦的な歌を書くなどして世間から注目されていました。

日本でも多くの女性活動家が、女性の権利のために戦ったんですね。
 
 

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まとめ

フェミニズム運動は近代化とともに始まった

ここまでご紹介したように、世界的にみてもフェミニズム運動は近代化する社会の中で始まっています。

様々な権利や差別が語られる中で、女性を蔑ろにした結果である、と思います。

それだけ、女性に権利がないことが普通だった時代があったということでもありますね。
何だか私にはあまりない感覚でした。

現在の女性の権利を勝ち取るために多くの努力があったことを理解しておきましょう。
 
 

第一波フェミニズム=女性の権利獲得

セクシズムに関する学びから、フェミニズム運動に辿り着いた私です。
第一波フェミニズム運動では女性の権利獲得にフォーカスされた運動がメインでした。

市民権や参政権、財産権なんかも議論されたそうです。
当時の女性には、今ある当然の権利がなかったんですね。

ひどい話だ!

では私に根付いている
セクシズム=男性らしさ女性らしさの押し付け
はいったいどこから来ているのでしょうか?
 
 
冒頭でもお伝えしましたが、フェミニズム運動は第一波、第二波、第三波に分かれています。
今回は第一波フェミニズム運動について学びました。

多くを学びました(というより無知でした)が、私が探している情報とはちょっと違うよう。

次回は第二波フェミニズム運動について学んでみましょう。

第二波フェミニズム運動からわかる、セクシズム
セクシズムとは?から始まったこの連載ですが、今回はセクシズムという概念の誕生に迫ります。フェミニズム運動第二波からはじまるジェンダーに対する考え方を、シンプルにわかりやすく記事にしました。セクシズムの考え方がどこからきたか知っていますか?
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